1917 命をかけた伝令 できることはただ一つ、走れ

1917
https://1917-movie.jp
まえおき

広島で生まれ育った僕にとって反戦教育というのはありふれたもので、学生時代には毎年夏を迎える頃に関連映画を観たり、被爆者の話を聞いたり、資料館に行くなど合同で調べるのが通例だった。そういうわけで別段詳しいわけでは無いが一定の知識や悲惨さは知っていたといっていいだろう。しかしそれらを経ても、被爆直後の広島を見た祖父母がいても僕には実感がわかなかった。今の暮らしとあまりに違いすぎて想像力が追いつかず、現在とは切り離された歴史の一点としか認識出来なかった。「この世界の片隅に」を観るまでは。

のん演じる「すずさん」を通して当時の生活を始めてきちんと認識した。当時生きていた人が僕とそう違わない暮らしを送っていたことを認識した。ささいなことで笑い、怒る。当たり前の営みが数世代前にも当たり前にあったことを認識した。それまで戦争映画をみてもあまり感じることは無かったがこれ以降見る目が少し変わり、当時の人々に想いを寄せるようになった。

あらすじ

アカデミー賞3部門を受賞した「1917 命をかけた伝令」はタイトルにもあるように1917年、第一次大戦時の西部戦線が舞台だ。苛烈な戦場ではドイツ軍が撤退し連合側は優勢にみえた。しかしこれはドイツ軍による作戦であり、追い討ちをかけんとする前線部隊を多数のドイツ軍勢のもとへ誘い出すための罠であった。1600人の命が虚しく失われる運命を偵察により察知した英国側は、2人の若い兵士に即刻攻撃中止命令を孤立した前線部隊に伝える任を与える。前線に兄のいるブレイクとその友人スコフィールドに。

圧倒的クオリティで描かれる一つのミッション

この映画はこの作戦、この2人に密着しながら戦場が描かれる。リー・スミスによってワンカットに見えるよう巧みな編集で全編が繋げられ、まるで2人に同行しているかのように感じられる。撤退したとは聞いても無人地帯(どちらにも占領されていない膠着状態の地域)に足を踏み入れる恐ろしさが2人の歩みにそったカメラワークによりひしひしと伝わる。前線に向かう彼らへの周囲の反応をみても無謀としか思えない。絶望しか待ち受けていないミッションを1600人の命を肩にブレイクとスコフィールドは歩みを進めていく。

そもそもこの作戦は勝機が見えていたのだろうか。僕にはそうは見えなかった。上層部はダメ元で捨て駒として2人に伝令を命じたように思う。与えられた補給品の心許なさや2人という人数も生存確率を高めるとは思えない。当時の偵察写真で一体どれほどの事が分かっただろうか。大きな動きは確認できても個人の動きなど到底わかるはずもなかっただろう。それは誰しも承知のはず。軍がブレイクを選んだ決定的要因は前線部隊に兄がいる事だと思う。つまりこの無謀なミッションから逃げ出せば自らの兄が無駄死にする。どれだけ危険な道のりにみえても逃げる事はできない人選である。上層部は明かにこの事実を認識している。ブレイクがスコフィールドを同行者に選ぶ際もミッション内容を一切告げられないままであった。知っていたらスコフィールドは彼に同行しただろうか。

命令を告げられたあとのブレイクはもはや正気を失いかけている。頭にあるのは兄の命だけ。負傷者にもお構いなしに押しのけて進み、いかに危険な道のりが先に待つかなど考える余裕がない。必死に冷静になれと声をかけるスコフィールドは彼の、友人の様子をみて何を思っただろうか。命の保証が限りなく少ない作戦でも、目の前の友人をようすを見れば1人逃げ出す事は考えられないように思う。

人間の営みにこそ重きを置いた戦争映画

この映画は戦争を撮るのではなく人とその暮らし、自然をとらえていく。国のしがらみではなく政治に翻弄される人々を描く。撤退したドイツ兵の忘れ物、捨て置かれた民家、2人や出会う人々との会話、そのどれもがいち人間の視点で切り取られる。それぞれに抱えるものがあり、そして彼らは懸命に生きている。その瞬間を生きているしかない彼らは、その時できる最善を尽くしている。

そこにロジャー・ディーキンスの映し出す映像の圧倒的な美しさが同居する。スクリーンいっぱいに映し出される映像には人々の営みの尊さ、世界の美しさがありありと感じられる。繰り返される殺戮の下でもその美しさは損なわれない。しかしそれこそが最も残酷である。無残に横たわる死体の数々、容赦のない攻撃、あまたの破壊行為の下でも世界は美しいままであるその現実こそ、戦争という行為の虚しさを一層浮き立たせる。残酷さと世界、そして人物の存在感がここまでうまくブレンドさせて魅せるディーキンスの手腕は末恐ろしい。

主演を演じるディーン=チャールズ・チャップマンとジョージ・マッケイの2人の演技も良かった。短い会話の中でも2人の関係性を強く感じさせ、特にスコフィールドの心情変化をジョージ・マッケイはうまく演じていると思う。脇を固める名優たちも説得力の強い演技をしている。

サム・メンデス監督は本当に成熟した作り手だと改めて実感しますね。少ない要素を様々な観点から実に多くを語る作品を作り出す。詩的であり物事の本質を捉え、とても洗練され温もりを感じます。これまでの作品をみても彼の個性を色濃く感じ、隅々まで手の行き届いたディレクション能力の高さがうかがえます。

まとめ

この作品を観てあらためて自らの思考をしっかりと持つ事の重要性を感じました。果たして僕が同じような立場にいたとしたら、スコフィールドのように関係もなく無謀としか思えない任務に選ばれたとしたら。どう感じただろう、やり切ることなんてできるだろうか。

政治や戦況にうごかされた思想にやるせなさ、虚しさを強く感じます。国の都合で失われる命の多さ、悲しみの多さ、そして精一杯生き抜くしかない空虚さ。実際のふれあいを経験すると全てが無意味に思えます。知らない事、知っていると思わされている事、ありふれた日常の尊さ、様々なことに考えを巡らせられます。美しいと感じてしまったあの街も、シリアの現状とあわせると胸が痛いです。誰の家族も、友人も、傷つくことがなければ良いのにね、ほんとうに。

非常に良い映画でした。ぜひ劇場で。できればIMAXで。

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